顕正会は日蓮「原理主義」か?「ファンダメンタリズム」とは。

近年、一部のイスラム過激派等の非人道的な振る舞いによって、「原理主義」というキーワードをしばしば耳にするようになりました。
私自身、まさに過去には「日蓮原理主義」的な活動をしていた当事者でしたが、まさか自分が今世間に流布している悪辣なイメージの「原理主義者」である意識は全くなかったですし、これは今になって振り返って「あの時は原理主義的な思想だった」とようやく自覚できるようなものです。

ところでこの「原理主義」という言葉ですが、そもそもどのような意味なのでしょうか?
宗教学的にはどのように定義されているのでしょう?
曖昧な理解で良しとせず一度深掘りをしてみると、今までネガティブなイメージを懐いていた概念に対しても、眺める角度によっては様々な性質があることに気付かされます。

今回は井上順考さんという方が著された宗教学の本「本当にわかる宗教学」の内容を参照しながら、原理主義について学んだことを筆に起こしてみたいと思います。

「ファンダメンタリズム」とは?

記事主題のファンダメンタリズム(fundamentalism)とは原理主義の英訳です。

そもそも英訳というより、言葉の成り立ちの経緯からすると「fundamentalism」が「原理主義」という日本語に訳されたという順序なんでしょうね。
というのは元々キリスト教において、「聖書」は神の言葉として間違いがないと考える、特定の立場の人たちのことを指して呼ばれたようなのです。

本の中では宗教学的なfundamentalismの特徴として、以下の三項目が挙げられています。

  • 原点主義
  • 原典主義
  • 減点主義

それぞれの詳細について著書から引用します。

「原点主義」は、その宗教の初期の状況を理想とし、そこに戻れという主張をもつことです。
ただし、そこで描かれる原点は、正確に歴史をたどって得られたものというより、描き出されたものという性格が強いです。

「原典主義」は、その宗教の創始者が語ったことや、テキストを重視しようということです。
これも、その解釈はしばしば独自のものとなります。

「減点主義」は、現状における否定的局面を強調し、それとの戦いを前面に掲げるようなやり方です。
これが暴力を伴うことにつながります。

「ファンダメンタリズム」と呼ばれる傾向は、多くの宗教で生じますし、「分派・分裂」の際には、ファンダメンタリズムの要素の強い派がしばしば誕生します。

なるほど。
この短い説明をざっと眺めてみただけでも、日蓮正宗より破門を受けた現「冨士大石寺顕正会」は大体当てはまってるような気がしますね。
それもそのはずで、実はこの本の中でまさに顕正会という団体は「日蓮原理主義」だと紹介されている記述があるのです。
以下。

創価学会が「国立戒壇」を引っ込めたことを批判しつつ、この主張を今日も貫く「日蓮正宗顕正会」などは、ファンダメンタリズムの要素が強いといえます。

宗教学的にも顕正会は「日蓮原理主義団体」確定ですね。
というわけで顕正会は日蓮原理主義団体前提で、引用した3種の性質を更に具体的な会の主張、特徴に引きつけ、「原理主義とはどういう考え方なのか?」を確認していきましょう!

ファンダメンタリズムの特徴と、顕正会の主義主張。

まずは原点主義からいきましょう。

原点主義。

彼らがどんな考え方なのかは公式ホームページを覗いてみるのが早そうですね。
以下、公式ホームページからの引用。

冨士大石寺の清き源流に立つ。
その後、顕正会は解散処分の弾圧に屈することなく、かえってこの弾圧を機に、いよいよ冨士大石寺の清らかな源流たる日興上人・日目上人の御精神に立ち還った。

「源流の精神に立ち返った」と言ってるのでまさに原点主義ですね。
それで、結果何を実現しようとしているかについても、以下ホームページからの引用です。

大聖人はご入滅に際し、あまたの弟子の中から日興上人を選んで三大秘法を付嘱ふぞくされると共に、日本一同が「南無妙法蓮華経」と唱える広宣流布の時いたれば、一国の総意を以て、富士山に本門戒壇ほんもんかいだん(国立戒壇)を建立すべき旨を御遺命ごゆいめいされた。
(中略)
爾来七百年、富士大石寺は国立戒壇の建立を、唯一の宿願・悲願として三大秘法を弘通してきた。

ちょっと言い回しが難しいですが、つまり
「日蓮の精神の原点=国立戒壇建立」
と言う風に彼らは解釈しているんですね。

国立戒壇とはなんぞや?

「国立戒壇建立」は顕正会にとって活動の最終目的でもあります。
なんでも国立戒壇が建立された後、顕正会は組織を解散するのだとか。

顕正会の目的とは?「広宣流布・国立戒壇建立」
「しっかり頼みます!」 会員に対し檄を飛ばす顕正会会長の浅井昭衛氏。 「ハイッ!!」 会員一同の返事が、熱気に満ちた川口総...
記事を読む
詳しくはリンク先の記事を参考にしてください。
ここでざっくり説明すると、「国立戒壇建立」とは、顕正会の教えと国政を融合し、新しい国家体制を実現することを指しています。
さてこれが、なぜ原点主義の特徴に当たるのでしょう?日蓮さんは国政と宗教的営為を融合させることを望んでいたのでしょうか?
答えから言うと「望んでいた」ということになるでしょう。(一般論として)
日蓮さんの超有名な遺文に「立正安国論」というものがありますが、これは鎌倉時代当時の最高権力者、北条時頼に向けた文書であり、その文中に、

汝早く信仰の寸心を改めて、速やかに実乗の一善に帰せよ。

と書かれているので、明らかですね。
他にも

夫れ仏法は王法の崇尊に依って威を増し、王法は仏法の擁護に依って長久す」(四十九院申上)

などの遺文が見られます。

ただ、これは「国政のトップがこの教えを取り入れなさい」との趣旨ですから、これがなぜ「国立戒壇」みたいなことになるの?という話ですよね。
ここら辺の話は、戦後に広まった田中智学の「日蓮主義」の精神を踏襲したもので今回その辺の深い話は割愛しますが。(私自身もまだその部分の経緯に関しては説明できる程精通してません)

とにかく、日蓮さんが国政と宗教の融合を望んだので、顕正会もそれに従って望むし、最たる目標に定めて活動のベクトルにしているということなんです。
これがまず1つ目の原点主義に相当する所以です。

原典主義。

次に原典主義についてですが、先ほども申した通り、彼らは日蓮さんの遺文を字面通りに読み、「国政と宗教の融合こそ教祖の本願!」と解釈している点で、原典に忠実な団体と言えそうですね。

上で紹介した遺文の他にも同趣旨と見られる記述があり、例えば「三大秘法抄」には、「仏法王法に妙じ王法仏法に合して…」などと書かれています。

こういった文言を依拠とし、活動の主軸に置いている点で原典主義の色が濃いと言えるのではないでしょうか。

ちなみに、そういうことを言うと反論しそうな方が大勢おられるので補足しますが、日蓮さんは大量に遺文を残されていて、全てを総括すると様々な矛盾が浮かび上がってきますし、立場や読み方によって解釈は様々です。
日蓮さんは遺文をたくさん残した故に、その分だけ違った解釈が生まれ、分派が多い特徴があるのかもしれないですね。

ここでちょっとだけ私見を挟むと、現在は民主主義国家で、政治の主体は名目上は国民ですね。権力も三権分立で一に定まってはいないですから、「布教する都合上」は国立戒壇の名称を取りやめた日蓮正宗(顕正会の派生元団体です)が正しいのではないかと思っています。
日蓮さんが望んだ国政、自宗の教義の融合も「布教の延長線上の終着点」にあることを鑑みれば、無理に「国立戒壇」を押し通そうとするのは凡そ柔軟な考え方ではありませんよね。
ところが「柔軟も何も関係あるか!教祖がそう言っていたのだからその通りにするのだ!」
みたいなのが、如何にも彼らの原理主義っぽいところなのです。

減点主義。

昭和40年代、まだ顕正会が日蓮正宗に属していた頃、宗内では度々「国立戒壇」をめぐって紛糾していました。
本の記述における減点主義の特徴とは、「否定的局面の強調」ですが、先の私見でお話した日蓮正宗の「国立戒壇の名称取り止め」について顕正会が反発していたのです。
その紛糾の行き着く先、昭和47年6月30日、つまり解散処分となる直前には、現顕正会会長である浅井昭衛氏が法主上人に対し以下のような書状を送付します。

「男子精鋭二千の憤りは抑えがたく、仏法守護の刀杖を帯びるに至りました。もし妙信講一死を賭して立つの時、流血の惨を見ること必至であります。」

続けて、彼らは創価学会本部襲撃という暴挙に打って出ました。
学会本部襲撃3学会本部襲撃5学会本部襲撃7
(※昭和49年に勃発した顕正会の前身、妙信講による創価学会本部襲撃事件)

以後完全に独立路線を突き進んでいく、というのが一連の経緯ですが、教祖の教えを踏み外すものなら血も流すことも厭わない! みたいな覚悟が減点主義を体現してるといえますね。
本の記述の中にも、

暴力を伴うことにつながります。

と書かれています。

余談でIS

ところで最近は目立ったニュースも少なくなってきた気がしますが、「IS」(イスラム国)は原理主義と言えるのでしょうか?
少し情報が古いですが、ISについても概要は過去に当ブログでもまとめたことがあります。

IS(イスラム国)についての情報を簡単にまとめてみました。
! この記事は2015/3に執筆したもので情報が古い可能性があることにご留意ください IS(イスラム国)の存在が世界を震撼させています。 ...
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彼らの暴挙は原点・原典・減点に沿った行為なのでしょうか?
依拠の材料として彼らの聖典コーランの一部を取り上げてみましょう。

残虐な殺戮行為の正当化?

『君たちが不信心者と戦うときは首を切れ。多くを殺すまで戦い、捕虜には縄をかけよ。それから戦いが終るまで情けをかけて解放するか、身代金を取れ。もしアッラーがお望みなら、きっと報復されるだろう。だがアッラーは、君たちを試みるために戦いを命じられる。アッラーの道のために戦死した者の行いは必ず報われる。アッラーは、彼らを導いて現状を改善され、すでに告げられていたように楽園へと導き入れる。』(ムハンマド章3-5節)

まさかこういった記述があったとは驚き!という方もおられるのではないでしょうか。
しかし当たり前の話ですが、時代性を考慮しないで聖典通り実践するなんてどう考えても無理があると思いませんか…
確かに首を切れ! と書いてあるけどそういう残虐な過去を乗り越えて、人々は学んで、結果無意味な殺し合いはやめましょうという倫理観に熟成されてきたんじゃないでしょうかね。
ちなみに「首を切れ!」 に関しては日蓮さんも、

建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて彼等が頸をゆひのはまにて切らずば日本国必ずほろぶべしと申し候了ぬ (撰時抄)

などと言っているし、更に遡るとお釈迦さんも、

婆羅門の方等を誹謗するを聞き、聞き已はって即時に其の命根を絶つ。

などと言ってます。
それで不信心者の命を断った人は、

善男子、是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず(涅槃経『聖行品』)

「これは正しい法を護るための行為であるから善行である」といった旨の文言が残されているんですね。(お葬式の時お坊さんが読んでるお経にはこんなことも書いてあったりするんですよ〜)
教祖のみなさんは似たようなこと言ってますね〜。

カリフについて

結局日蓮系とかもそうですが、争いの元なんて多くが、「教祖の正統な血脈は我らにあり!」 みたいな主張のぶつかり合いだったりするんじゃないでしょうかね。
イスラム教においては「正統な血脈」に相当する概念で「カリフ」と呼ばれる制度があるのですが、実はこの制度は事実上すでに消滅してしまっています。
「教祖の正統な血脈は我らにあり!」みたいな主張の意義はすでに失われてしまってますね。
しかしそんな中…
ISはカリフであることを自認し標榜しているのです!
「何を今更…」という感じなのですが、話を戻すとこの主張は「原点主義」的ではありますよね。教祖の時代に戻ろう!という。

そして彼らは世間に迎合する穏健なイスラム教徒を不信者とみなし、ジハードの対象にしています。減点主義的ですね。

ファンダメンタリズムは必然。

それではまとめ。
以下本より引用です。

「分派・分裂」が生じるのと同様に、ファンダメンタリズムは、宗教の展開において必然的に生じるものといえそうです。

どこが一番正しいとか、あそこは御聖意に反しているとか、そういう問題以前にfundamentalismは宗教のもつ性質上、必ず起こり得ることなのでしょう。
組織の営為は安定すると多くの場合堕落していきますね。
するとアンチテーゼとしてfundamentalismが起こります。
fundamentalismを起こした団体が拡大していくと、それは文化となり、やがて安定期を迎えます。
安定期を迎えると堕落…の繰り返しですね。
イエスキリストも元はユダヤの堕落から生じたfundamentalism的な側面はあると思います。

宗教学をかじってみると、高いレイヤーから宗教を再認識できるので楽しいですよ。
宗教は知ってみると意外にも身近な生活に数多く関わっているものです。
宗教学の本をどうぞ1つ手に持って開いてみてくださいね。

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