顕正会に入って良かったと思うこと

今まで顕正会に対する否定的な記事ばかりを書いてきましたが、考え方ひとつで、悪い側面も裏を返せば良い側面と捉えることもできるはずです。

それに会の活動において辛いことは多々ありましたが、中には楽しいことも沢山あったから続けられたわけですし、日常、実社会で役に立つ考え方やスキルだって養えました。

確か4〜5年前に同タイトルで記事を書こうと思ったことがあり、書き始めたものの途中で投げ出してしまったことがありました(今これを書きながら思い出しました)

当時はまだ傷が癒えておらず、心の内が反発していたのかもしれませんね…

顕正会に入って良かったことについて、大きく「価値観の変化」「スキル・能力面での成長」「活動の醍醐味」というテーマでお伝えいたします。

特殊な世界を経験できた

本日の話ですが、全ては特殊な世界だったから○○が基調であり、共通する背景です。

極めて特殊な世界に身を投じたからこそ、自分の価値観や考え方に大きな変化をもたらした。

また非日常的な環境が、自分の特定の能力やスキルを向上させた(合宿のようなイメージ)

現在とは違う特別な価値観で生きていた当時だからこそ感じることができたこと、辞めた今では味わえない情動。

というように、二度と戻りたくはありませんが、あのコミュニティが非常に特殊だったからこそ自分に様々な変化を、そして体験を与えてくれました。

どのように特殊なのかが気になる方は当ブログの過去記事を読んで見てください。

以下のカテゴリの投稿を一通り読んで頂けると良さそうです。

元幹部会員による顕正会Q&A

価値観の変化

まずは顕正会の教え、活動が自分の価値観にどのような変化を及ぼしたのかを書きます。

固定観念に囚われなくなる

会の教えは言ってみれば固定観念の塊のようなものでした。

行動・考え方・物や場所に対してまでハッキリと善悪が決められており、その日常にどっぷりと漬かっていました。

その反動でしょうか。固定観念は人を盲目にし、可能性を狭めるという信条が形成されました。

では、「その信条自体が固定観念だよ」という反論があれば、それに対しては私は「そうかもね」と答えると思います。

仮に固定観念を払拭しようとしてできるものではないし、それ自体が自我なんだろうなと思います。

それに広義には「常識」とは固定観念の集合だとも思います。

というように、色んな見方がありますね。

色んな見方がある、ということ前提に物事に向き合えるようになったという話なんです。

いや、これだけだと顕正会あまり関係ない気がしますね。

つまり私が言いたいのは、あまりにも極端なものに入り浸り、その末路を身銭を切って味わったことが、極端に対する警戒感を高め、柔軟な自分でいることを時々できちんと意識するようになった。(結果として行動の選択肢が増え、考え方に起因するストレスも減った)

です。

反対に固定観念に囚われている人がどのような状態にあるのかを理解できる

あの時自分がマインドコントロールの渦中にあったのは事実であり、認めています。

私はとても変な人でした。異常者でした。(現在の自分から省みると)

世の中には「なぜそのような考え方しかできないんだろう?」というわけのわからない固定観念に囚われている方は大勢いらっしゃるように見えますが、
自分がそもそも異常者だったわけなので、仕方ないですね、そんな自分が他人を根本から批難する気になんてなれません(文句は言いますよ、提案という体で)

その人なりの思考の論理があるわけですし、善悪・優劣などの価値観はその人の中にあるものなので、「へーそうなんだ」以上の感想は持つことはできないです。(もちろんそれを見て感じで自分の何かに活かせるということはありますが)

自分と違う人の考え方に対して許容値が上がったと思っています。

宗教をやっている人に対して気持ち悪いと思わなくなる

お、頑張ってるねぇ!

くらいな感じになりましたね(笑)

会の発展を応援しているわけではないですが、個人で見れば偉いなぁと思います。健気ですね。

顕正会に入る前は宗教というと「こわい」「気持ち悪い」というイメージがかなり強かったですが(じゃあなんで入ったんだ?という問いに対する答えはマインドコントロールに関する投稿一覧をご覧ください)

ちなみに顕正会を辞めたあと僕は自宅に勧誘に来たエホバの証人の方ととても仲良くなり、良い人だったので自宅に遊びに行ったりしていました。

その後引っ越してしまったのでそれ以来お会いできてないですが…(自分が過去に特定の信仰を持っていたことは最後まで明かせませんでしたが)

なんとなく距離感がわかるようになるんですよね、飲み込まれない距離というものがわかるようになります。過去に自分が飲み込もうとしていた立場だったので(笑)

だから全然こわくないですね。

スキル・能力面

では次に顕正会の活動が自分のスキル・能力面にどういった貢献をもたらしたか、を書きます。

目的・目標に対するブレない心。やり抜く力。

私は顕正会を辞めたあと全然経験も知見もなかったITエンジニアになりました。

ブログを書き始めるまでまともにパソコンすらいじったこともなかったのに、当時は途方も無い道のりのように感じていました。

が、絶対にやり抜くことを決めていましたし、やり抜けると思っていました。

もうエンジニアになってから随分な年数が経過しましたが、結果として年収を大きく伸ばし、誰もが知っているような世の中のシステムの制作を開発リーダーとして携わったり、現在は技術力・人間性(そして皆さんの学歴…)もハイレベルなベンチャー企業で働かせてもらったりできています!

やり抜く力。これは執念とも言いかえることができそうです。

これがどのように鍛えられたのかですが、具体的には、月々の法戦と呼ばれる勧誘強化期間でのノルマ達成です。
上記は短期目標ですが、中期・長期に設定された目標に焦点を向けて、普段の行動を管理し、責任を持つ、といった意識は活動の中で日々培われました。
(中期としては会の中で役職を持つこと、自分の組織を大きくして部分最適化を目指すこと。長期としては広宣流布に向けて徳を積むこと、組織健全化のための規範となっていくこと)

私の周りには顕正会を辞めて大成した方が何名かいらっしゃいます。

元々素質があったのは確かに違い有りませんが、会の活動によって培われたものが活かされて実を結んでいる側面もあるのではないかと思っています。

交渉力

折伏とは勧誘であり、顕正会の勧誘は非常に強引な営業です。

会の教義・信条を売りつけているわけですね。一生懸命魅力を伝えます。

魅力を伝えるだけでは入信させることはできません。

実際に誘うタイミング、移動手段の事前調査・準備、入信後のアプローチなど考えることは多々あります。

一番難しいのが、相手が腰を上げるか上げないか、煩雑な話だと退屈してしまうし、かといって簡略過ぎても相手は納得しない、
相手の現在の悩みや目標などの情報も収集しておくと、強力な武器になります。

入信自体無料ではありますが、相手に宗教に入ることを決断させなければいけないので、結構難しいんです。

友人・知人を数百人単位で誘いましたが、毎回とても緊張します。(もちろんそれは相手から嫌われる恐怖が大きいわけですが)

回数を重ねれば着実に交渉力は鍛えられていきます。

醍醐味

では最後に活動の醍醐味の部分です。考え方一つですね。
自分の人生の多くの時間を活動に費やしてきたわけですから、全てをマイナスにしてしまっていい事はありません。

あの頃の神秘的体験や高揚感は今となっては到底味わえないと思う

突然不思議な展開が!

のようなことは良くありましたね。

よく「ご守護だ!」と言ったりして恍惚感に浸っていました。

今思えばただの勘違いかもしれないし、なにか(スピリチュアル的なアレ)かもしれませんし、よくわかりませんが。

でもその当時は本当にご本尊の力だと思ったし、そういう感覚はこの先二度と味わうことはないんだろうな〜と思うと寂しい気持ちもあったりなかったりします。(あります)

あと高揚感ですね。総幹部会で大きく会員を伸ばしたと発表があった時に胸から突き上げた熱い思い。
後輩が立ってくれた時の「よし!これからだ!これから一気にいくぞ!」といったような感激やらは、今となってはそうそう味わえないものでした。

小学生の時の待望のゲームの発売日とかは同レベルの高揚感がありましたが、会の活動を退いてからはあまり記憶にないですね。

仲の良い先輩や同志と折伏(勧誘)も今となっては良い思い出

これで最後です。

前節の高揚感と被りますが、「俺たちが世界を変える」くらいの勢いで出かけて行った記憶があります。(本当にそう思っていたんです)

実際には(教義に基づけば)世界を変えるお手伝いですが、その選民意識というか、光栄過ぎて吐きそうなくらいに感激していましたね。

その道中も楽しいものです。

地方に行けば初めての会館。

その土地の教義的な因縁に思いを馳せたり、
普通に観光的な要素も楽しんだり、等。

特に充実した時間は車の中での先輩との会話です。

教義の深い部分を解説して頂いたり、昔のセンセイやブチョーの勇姿を聞かせて頂いたり、当時はこれに勝る有意義な時間はなかったと思いますね。

まとめ

書き始めたら結構な文章量になってしまいました。

これらをメリットといってしまえば語弊がありますが、意外と会で活動してよかったことが沢山あって少しホッとしています(笑)

こんなこと普段人に話すことではないので(内緒)どのくらい洗い出せるか事前に想定できていませんでした。

ただ最後にこれだけは言っておきますが、これらの良かったことを読んで顕正会に入ってみようという気だけは起こさないでくださいね!(しっかり頼みますっ!)

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