2016年大河ドラマ「真田丸」が遂に一昨日12月18日を以てフィナーレを迎えた。
視聴率を振り返ると、Twitterなどにおける盛況とはうらはらに、大した数字は上がらなかったようだ。
それでも直近5年の作品の中では最も高い値だったらしいが、やはり人気=視聴率という判定基準には相変わらず疑問符が付きまとう。
ネットで関連情報を渉猟していたら、最終回の放送日における#真田丸tweet数は17万件超という情報が目に飛び込んできた。
「17万」という数字は何と比較したら良いのかわからない、人によっては、そんなに湧いたのか!と思うかもしれないし、スポーツとか、もっと広範な国民的関心事に比べれば、大河ドラマだもの、ニッチ感は否めない。それにしてはかなり健闘した方かもしれない。
ただ僕個人としては、案外少ないもんだなと感じた。
希望的観測があったというか、期待と現実のギャップだったりするのかもしれないけど、真田幸村と言えば戦国武将ランキングみたいなのでは一応、首位の座に君臨していて、大概伊達政宗なんかが後塵を拝している。
大河の人気は年々低下の傾向に陥っているけども、今回は、なんというかNHKが全力で勝負してきた感があるし、いわゆる全国各所に点在する「ゆかりの地」では、それにあやかろうとする熱気に満ちていた印象がある。
勿論ほとんど無縁の地域だって沢山あるだろう。僕の居住地域や行動範囲がたまたま真田に縁の深い場所だから余計にそう感じた、と考えるのが妥当かな。
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実家と六文銭。
高校生くらいまで真田の六文銭マークは我が家の家紋だと思っていた。
そんなバカなことあるわけがない。なぜ僕がこんな勘違いをする羽目になったかっていうと、恐らく、過去に実家は真田氏と何がしかの関係があったみたいなことを親父がたまに口にしていたのを適当に聞き流していたからに違いない。
場所は定かではないが、僕の記憶によると六文銭マークとは「何か知らないけど家ん中のそこら辺にぶら下がっているもの」だった。
事実、僕の祖先は松代城に弓だか何だかの稽古のために良く通っていたとのことらしい。現在の松代城址までは自転車で行ける距離だ。
そういう自分のルーツのようなものを知ってから、「真田」というキーワードを耳にするたび、自動的に、普段は僕の中に眠っている遺伝子君が「むくっ」と上半身を起こして「何か?」と呼応するようになった。
だから一年余前に「真田丸」の大河決定の報を耳にしたときは、いつもなら上半身だけを「むくっ」と起こす程度の遺伝子君も今回ばかりは、待ってました!とばかりにベッドから跳び起きた。凄まじいハイテンションだった。
大河ドラマ中に訪れた史跡
あれよあれよという間に大河、真田丸が始まって、本当ならもっとファナティックにはしゃいでも良かったんだけど、何だかんだ忙しくて、不完全燃焼で完結を迎えてしまったような心残りは多少ある。
真田アカウント、真田サイトなど色々な案は浮かんだけど、良く考えたらそれらを転がせるほどの僕には「真田知識」が欠如していた。
というわけで、気張らないで純粋にドラマを楽しみ、暇があれば縁のある地を訪ねてみたりした。
一年あれば結構色んな場所に行けた。
名胡桃城址、沼田城址、信吉の墓所、沼田の真田丸展、上田城・真田丸展…
↓は小松姫墓所。
これだけ行けば十分マニアの領域かもしれないが、アウトプットになかなか時間が割けなかったことが悔やまれる。(いくつか他サイトで記事にはできたけど)
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感想。僕を魅了し続けた俳優達と脚本家。
ドラマは正直、序盤は何かと杞憂していた。
まず大河「風林火山」の主役を演じた内野聖陽さん。僕の中で、山本勘助のイメージがこびりついたままだったので、徳川家康役に当初は違和感を禁じ得なかった。
ところがドラマが進むにつれて老齢の家康と内野さんがもの凄くマッチしてきて、最終的には見事役にはまっていた。
なんなら堺雅人さんだって、大河での役となると「篤姫」における「家定」のイメージが頭から離れず、当初は「ヒノモトイチノ、ツワモノ…?」務まるのかな?と不安があったが、
見事、終盤は雄雄しくも高尚な武将に変貌を遂げてくれた。
オープニングさえ、初めて耳にした時はキャッチ―さに欠くのでは?との疑念があった。
しかし先程、歴代大河のオープニングを一通り視聴してみたが、いつの間にか最初にイメージは覆っていて、むしろ他のものが凡庸に思えてきた。
三谷さんの脚本にも心から喝采を送りたいと思う。
評論家ではないから気の利いた言葉は出てこないけど、あれも、これも伏線だったのか!みたいな壮大な構成が本当に秀逸で、途中、全く飽きがこなかった。
大河好きになったきっかけと醍醐味。
僕が大河好きになったきっかけをもたらしたのは「義経」だった。
夫婦でツタヤのレンタルコーナーをぶらぶらしてるときに、妻が「あ、これ」と手に取ったのが「タッキー」。
妻は「タッキー」のファンなのだ。
それから憑りつかれた様に作品へと没入し、一気に全巻を視聴。
次に手を延ばしたのが「風林火山」。そして「天地人」「篤姫」を瞬く間に攻略してしまった。
太平記にも挑んだが、古すぎてちょっと嗜好に馴染まなかった。
話を戻すと、「タッキー」が家にやってきたのは、まだ僕が忌まわしいカルト教団の毒牙にかかっている頃で、
妙な価値観を刷り込まれ、「思想」というか、「生きる指針」という意味では迷走、あるいは完全に袋小路に入っていた。
そんな闇夜の行き止まりを明るく照らしてくれたのが、まさに「道徳的エンターテイメント」たる大河ドラマ。
直接エスコートしてくれたわけではないのだけれど、当時の「もやもやっ」とした世界観を克明にしてくれたのは、人々が目の前の様々な困難を乗り越え、それぞれの志を胸に「一生」というものを真剣に生き抜いたドラマだった。
ポイントはとにかく「長い」というところで、一話が45分。×50話だから、要視聴時間は内容だけでも実に38時間に及ぶ。
連続して視聴したことが功を奏した。普段、それだけ長い時間何かの作品に没入するような機会は滅多にない。これが僕の既成の価値観に強烈な変革をもたらす契機となった。
認知の世界を、しばらく「現実ではない場所」に置くことで自分を対象化できるし、
また移入した先が篤実な「義」に溢れる世界であれば尚更、いざ現実に戻ってきたとき、覚知できる「自分の情けなさ」と言ったら無い。
史実であることがまたリアリティーを増幅させる。
「まだまだっ!!」
こんなところで歩みを止めてはいけない。
大河は人に希望を与える。
真田丸ロス。
真田丸の完結に伴って「真田丸ロス」という言葉が世に誕生したようだ。
どうやら僕もその症状の発症を免れなかったらしい。
「寂しいね」
そう妻に言ったら思いもよらぬ答えが返ってきた。
「まだ行ってない場所(真田縁の地)いっぱいあるよね。来週から放送開始時間(20時)気にしなくていいんだから、これまでよりもずっと沢山まわれるね。」
妻はいつも前向きだなぁ。
真田丸。まだまだ堪能できそうだ。
最後のシーンにおける信之の「参るぞ!」の台詞は、僕のような未練たらしい奴に向けて最後に三谷さんが用意してくれた励ましの言葉だったのかもしれない。
さて、またYouTubeでオープニングでも聴くかな。
真田丸。泣いてしまいました。信州の田舎武将が何度も徳川に煮え湯を飲ませる!最高でした。みきちゃんの脚本も最高でした。もちろんNHKもずっこけてばかりの大河ドラマが大いので、存亡をかけた真田丸でした。上田城も大河ドラマ記念館が入場者100万で5億の売上げ。真田の井戸にも賽銭箱が(笑)その他経済効果は数百万億くらいかな?それに引き替え顕正会の長野県内の経済効果あまりないですね。