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#4832
ミミ
キーマスター

島ウコンさん
こんにちは~(^^)
誰かの助力なしに泥沼顕正会から抜け出すのは困難極まりないことですね。
僕は妻でなければ恐らくダメだったでしょうね~。その頃は既に、会の朋輩たちに対しては猜疑の念からあまり信用ができなくなってましたから。
「例のカレー屋の戦いの件等々‥」
でもそういう状況に追い込まれでもしないと、人など決して自身の言動について省察でき得ないのでしょう。
恐らく、そのお付き合いさせていた女性も、今は首尾よく物事が運んでいるんでしょうから、自分の信仰についてのアンチテーゼなど歯牙にもかけない、その態度については十分過ぎるほど、経験の中から理解できます。
僕も、当時妻から顕正会の矛盾点をいくら指摘させても、悪態をついた挙句、「俺は先生が好きなんだ」といって感情論で突っぱねてしまったくらいですからね。
だけど、「生活法」と教えられていたのが結果的に救いとなって、家庭内がそういう状況にあれば、いつものように揚々と「御奉公」に出かけるにしても、次第に負い目を感じるようになり、組織と距離を保つようになったので、だんだんと顕正会という「組織」への帰属意識というか、一体感が薄れてきて、上長にもそういう態度を明け透けに見せるようになりました。
すると、今度は逆に向こうから僕を遠ざけるようになってきたんです。
既に妻が宗門に移ったことを彼らは存じていましたから、僕がそろそろ「ダークサイド」に取り込まれる頃だという考えもあって、警戒し始めたものと思われます。
すみません。なぜ急に聞かれてもいない自分のことを語り始めたのかというと、
僕があの泥沼から這い上がれたのは、
偶然なのか必然なのかわかりませんが、諸々の環境要因が整ってきてくれらからであって、
例えば救い上げる方にもしっかりとした足場がなかったら、一緒にずるずると埋没していく羽目にもなりかねませんから、
そういう意味で宗門の堅強なコミュニティー、ネットワークが機能している点は高く評価に値すると思っているからなんです。
ただし、泥沼でもがいている人間を引っ張り上げるために救済する側がすべきことは、まず「落ち着かせ」、自信の窮状を客観視する心のゆとりを与えることであって、
一緒になってギャーギャー騒いでいたら、ことも捗りようがないではないかと思うのです。
今回少しばかり話題になった「例の動画」について僕が感じたのは、そういう荒々しさなんです。
「折伏ブログ」は確かに「焼き直し」の作業が主となると思われますが、「そっと」、「そこに存在してくれている」ことが意義深いのだと思います。
明らかに「供給過多」ですからね。
だからあえて教条がそぐわないと言って神経質になるよりも「オリジナリティ」、つまり「創造性」にウェイトを置いた方が、読者も楽しいですし、読者の喜びは書き手の喜びでもありますからね。
それに、こっちの方はまだ供給が追いついてない感があります。
こちら側の努力次第で、顕正会員で非ネット住民の潜在ユーザーを、もっとウェブに引き込んでいけるでしょうね。