宗教学者「島田裕巳」氏が顕正会について言及。過度に怖がる必要なし。

宗教学者、兼作家である島田裕巳さんが顕正会について言及されました。

島田さんは主に宗教と経済に因んだ書籍を数多く執筆されており、僕もそのうちの何冊かは読ませてもらったことがあります。

傾向として創価学会についての著述は多く見られますが、顕正会について触れるのは珍しいことではないかと思われます。

記事の詳細リンクはこちら、「president online」。

さて、島田さんの著書を読んだ僕の印象ですが、

文章に煩わしさがなく、別段、思想の偏りがあるわけではないので、読み易い内容に仕上がっていると思います。

宗教を語るにしては俗っぽい趣があるようにも思えますが、返って社会的、経済的な側面から教団の実情を捉え、分析することによって、初めて見えてくる本質もあるのだなと。

そんな示唆に富んだ面白味のある著作です。

例えるなら、宗教界の「池上彰」。

宗教を知りたいならこの人の書籍を読むべし!と言っても過言ではないと思います。

教養を深めるために是非購読をおすすめ致します。

活発な布教活動!?

ところで今回のpresident onineの記事の内容↓

例外的に活発な布教活動を行っているのが、さいたま市に本拠を置き、北関東など埼玉県以北を地盤とする「顕正会」という日蓮系の団体です。

まるで、顕正会の布教が他の教団に抜きんでて進んでいるかのような表現に取れなくもありません。

まぁ、事実は事実。まんざら嘘ってわけではないのでしょうが。

ただ問題は、島田さんのような権威のある方がこのようなカタチで顕正会について評価を与えているのですから、

浅井さんは「しめた!」と言わんばかりに、この島田さんの発言を「内部施策」に利用する可能性があるということです。

「見よ!このように顕正会の前進は他を圧倒しているのです!」な~んて。

「SAPIO」で取り上げられたときもそうでしたが。

「権威者の発言」を会の結束を高めるために利用するのは浅井さんの専売特許ですから。

「地震」「原発」etc…。権威者の発言の引用がなければ、浅井さんの講演は空白だらけで、全く成り立たないといっても過言ではありません。

「president online」の記事について。

短い文章ですが大事なことがギュッと詰まった内容です。

その中でも、僕が殊に深く頷いた箇所について、引用を用いながら所感を述べてみたいと思います。

子供が何かの宗教に染まりかけたとき、もっともまずい対応は、その宗教を頭ごなしに否定することです。(中略)

自分が信じるものを頭ごなしに否定されれば、子供は頑なになって、話し合いすら拒否するようになります。家族と対立し孤立した子供は、親身になり相談に乗ってくれる教団関係者を頼るようになり、入信する方向に向かいます。(中略)

オウム事件以来、新宗教を恐れる人が多いのですが、宗教団体は暴力団ではないので、過度に怖がる必要はありません。

そう、過度に怖がる必要はないんです。

「勧誘の相手を監禁状態に置く」とか「暴力的な勧誘で問題になっている」と聞くと、

さも「教義」の中にそのような信条が盛り込まれているように誤解を受ける方が多いと思われますが、

そういうことではないんです。

会長、浅井さんが著した「折伏理論書」の「信者が勧誘活動を行う際の心構え」について指南している箇所を抜粋します。

折伏に当って、いたずらに大声を出して威したり、粗暴な態度をしてはならぬ。非常識な言動は、かえって法を下げることになる。

「雑言・強言・自賛気なる体、人目に見すべからず、浅ましき事なるべし」(教行証御書)

※折伏理論解説書 日蓮大聖人の仏法 改訂版 (P86)

と、このように。

つまり問題なのは、「勧誘を煽り、信者を精神的に追い詰める会の体質」なのです。

信者が暴挙に走る「二因」。

彼らは、勧誘で成果を上げたいあまりに、結果としてモラルを欠いた言動に陥ってしまうわけで、

「そうならざるを得ない」顕正会の体質、このことは決して看過できない会の抱える大きな問題点の一つです。

ただし、彼らの問題行動の本質は会側の指導の在り方にフォーカスするだけでは、建設的な解決に結びつかないのも事実です。

考えなければいけないのは、彼らを「更に」精神的に余裕のない状況へと追いこむ「周囲の態度」です。

彼らを頭ごなしに否定したり、むやみに忌避、敬遠する「家族の態度」。

場合によっては、このことが問題を更に深刻化させている事態に結びついていることを「周囲の方たち」は留意しておかなければなりません。

耽溺するあまり、視野が狭まり、精神的に余裕がなくなっている本人に対し、

「安息」をもたらすのは、「家族」の役割ではないかと思うのです。

たとえ心中にまで理解が及ばなくとも、鷹揚な構えで本人を受け入れ、

いつでも帰ってこれる居場所を示しておくことは、彼らが一線を超える前に施すことのできる、唯一の予防策ではないでしょうか。

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『宗教学者「島田裕巳」氏が顕正会について言及。過度に怖がる必要なし。』へのコメント

  1. 名前:破壊的カルトは決して擁護してはいけないとおもいます。 投稿日:2015/09/05(土) 16:10:10 ID:9ecf534c0 返信

    はじめまして、カルトに興味があり、顕正会の情報を集めています。
    宗教学者ですが、字面どおりにとれないとおもいます。
    彼の20年前オウムの強制捜査のときに、朝生テレビでオウム擁護ととられかれない発言を繰り返し、叩かれている記憶が強いです。
    確か強制捜査前にもその時と今の記事と相当似たようなことをいっていたはずです。
    学者生命はそこで終了に近かったのではないでしょうか?
    破壊的カルトを擁護といいますが、彼の発言をまともに字面をそのままと解釈すると過去のオウムのように間違いなく破壊的カルトを見誤ると思います。
    わざと宗教団体から自分を利用されやすくするスタンスは昔からかわりませんね。
    大人て、正直に発言できないことがあるじゃないですか。
    行間を読むというかある意味、暗喩というか、真逆というか。
    過去を知る者からすれば彼の発言は真逆の暗喩としかとれませんね。

    • 名前:ミミ 投稿日:2015/09/07(月) 00:41:44 ID:4522d209f

      破壊的カルトは決して擁護してはいけないと思いますさんへ。
      なるほど、島田裕巳さんにそのような失言があったんですか。それは勉強不足でした。
      ただカルト信者の行いというのも多くは「善意」から発するものなので、断罪すべきか許容すべきかという判断基準は人によってまちまちにならざるを得ないですよね。
      少なくとも「宗教学」という立場からは、強ちに否定できないのではないかと。
      何かベースとなる思想の基盤がなければ「否定」という観念も生まれてこないので、「信仰」というセンシティブなテーマを客観的に論じること自体にそもそも無理があることなのかもしれません。
      勿論、社会的モラルから著しく逸脱するようなアクシデントが惹起した場合は、法的処置があって然りですが、
      問題は、事が起こってからでないと、対処ができないってところですかね。