日蓮正宗、創価学会、顕正会の抗争の末路。日本の戦国時代から類推と予測。

日本で初めて全国統一を果たした武将は「織田信長」でしょうか?

いいえ、違います。

初めて実質的に日本をまとめたのは「豊臣秀吉」です。

それまで、血を血で洗うような戦国時代というのは、主に、

「織田信長」そして、

「上杉謙信」

「武田信玄」

の勢で勢力が均衡していました。

上杉も武田もそれぞれ「金山」を保有していたから資力があったのです。

また上杉には「上田衆」

武田には有名な「騎馬隊」という優秀な部隊ももっていました。

それぞれの勢力がつばぜり合いの様相を呈していたのです。

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抗争はあっけなく終結した。

しかし、なぜこの抗争が終結したのか?

それは結果からいえばとてもあっけないのです。

原因は三者の親頭が踵を接するように、バタバタと一斉に亡くなってしまったのです。

織田勢はギリギリまで上杉領に攻め込みました。

しかしもう少しというところで、織田信長が本能寺で焼かれてしまったのです。

武田はもうちょっと前に織田にやられています。

しかし、この背景には「既に信玄が亡くなっていた」という現実がありました。

跡継ぎの「武田勝頼」はあまり戦の才も、一国の主としての器量もなかったのです。

しかし、「武田信玄」は当時「生きていたこと」になっていました。

武田信玄は自分が亡くなる際に「3年間はこの事実を伏せよ」と言い残したのです。

それぞれが懐いた、日本統一の野望。

織田は勿論そうですが、

「武田信玄」も同じく日本を統一する野望を懐いていました。

僕の実家の近くの「松代」には当時武田が建てたお城の址が残っていますが、

その「松代城」は、当時「海津城」と名付けられ、

有名な武田二十四将の一人、「高坂弾正」が城主に配属されていました。

この海津城は武田軍の軍師であった「山本勘助」が設計したもので、

「海津城」の名には格別の意味が込められているのです。

大河ドラマ「風林火山」では、山本勘助が武田信玄に向かって、

「殿、あとは越後を制すれば、海が手に入りますぞ。」

というワンシーンがあります。海を臨む城だから「海津城」なのです。

このお城の位置というのは、上杉領との境目に位置し、ここを拠点に、

これまた有名な「川中島の合戦」が数度にわたって繰り広げられます。

武田勢と上杉勢、それぞれ当時にしてみれば超巨大勢力同士の「ガチ」のぶつかり合いです。

上杉と武田

上掲の像は僕の実家の近くの「川中島古戦場跡」に隣接している公園に置かれているものです。

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日蓮正宗と創価学会と顕正会と…

この戦国時代の話と、現在の大石寺系教団の現在の状況と、

何となく構図が似ているような気がしませんか?

「どこがどこ」ということは別にして。

顕正会は勢力が若干劣りますが、やはり他にはない特有の魅力があるのは確かで、

そこを武器に、創価学会の古参幹部なんかをヘッドハンティングして人材を取り込んでいます。

創価学会はいわずもがな、超巨大組織で未だ圧倒的な勢力を誇っていますが、

やはり、この二者は日蓮正宗からの派生という過去の事実は変えられないので、

日蓮正宗サイドも本家としての踏ん張りをみせています。

しかし、どうでしょう?

顕正会の親玉も、

創価学会の親玉も、

いよいよ、代替わりしなければならないという現実に直面しています。

勿論、浅井城衛さんも原田さんも、実質会のトップという肩書ですが、

やはり、会の求心力はそれぞれ昭衛さん、池田大作さんに依存せざるを得ないという泥沼にはまってしまっています。

では日蓮正宗はどうでしょう?

現在の法主は日如上人ですが、

やはり、功績という意味では「日顕上人」の方が圧倒的に支持があるように思えます。

比べるのはあれかもしれませんが、全然存在感が違うような気がするのです。

創価学会からの総攻撃の矢面に立ったのは、他でもない日顕上人です。

育成にも大変熱心で、講義に立ち、そして多くの書籍を残しています。

創価学会や顕正会ほど、権威が特定の個人に依存するような構造ではないにしろ、

日顕上人は宗の象徴として今でも圧倒的な存在感を有している感があります。

抗争は終結に向かっているのではないか?

抗争の原因は、自分の団体の利益を貪る「欲」というのが、根幹にあるのかもしれませんが、

その手段として相手の親玉の過失をつついて、ディスるということが長きにわたって行われてきました。

しかし、それも当事者たちが亡くなり、遠い過去の話になってしまえば、

新しく会を担っていく若い人たちにしてみれば「どうでも良いこと」になります。

「どうでも良い」のに、わざわざ敵対してリソースを消耗するより、宥和して認め合った方が合理的だと考えたならば、

抗争はそこで終結します。

そもそも今の時代、それぞれが意地を張って、他者との関係を拒みながら個別に存続していこうとする姿勢は時代遅れです。

世俗に目を向ければ、様々なものが統合されてきています。

これは世俗に限らず、宗教的な面でもそうで、

特に、これからの未来、仏教徒は必然的に減少していく方向へ向かっていきますし、

今、宗派の壁というのはどんどん壊され、それぞれが「共存、共栄の道」を選択しています。

それはリベラルな流れに便乗すれば良いという安直な意味合いではなく、

譲れない部分は、それはそれでしっかりと残せば良いと思うのです。

大石寺3兄弟はこの先一体どこへ向かおうとしているのでしょうか。

学会の寄進によって建てられた日蓮正宗の末寺は、資金繰りに喘ぎながら、運営に呻吟しています。

それぞれが統合されるまではいかなくとも、包括主義的な立場に転じて、まずはお互いを認め合うという選択。

これはこの先もずっと実現されることはないのでしょうか?

「私達は創価学会ではありません!謗法団体と一緒にしないで頂きたい!」

などといって、お高くとまっている日蓮正宗の姿というのは何だか惨めに思えます。本当は苦しくて仕方ないのにね。

「K対策」や「フェイク」を使って、何とか流出に歯止めをかけようとする創価学会の姿もみっともない。

「御遺命を破壊した」などといって、見え透いた稚拙な論理で会員を欺く顕正会も姑息であり、それに踊らされている会員たちも哀れです。

「正宗に戻れ!」と、殊更に強調することはしませんが、

僕は、沢山の人で賑わう大石寺、

そして、お互い憎しみ、蔑み、罵り合うことなく、皆で信仰に邁進する姿を、

一度この目で見てみたいのです。

元々は皆が合同で築き上げた「文化」なのですから、

もう一度共有し、皆で謳歌しましよう。

「寺院消滅」は刻々と迫っています。

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『日蓮正宗、創価学会、顕正会の抗争の末路。日本の戦国時代から類推と予測。』へのコメント

  1. 名前:無宗教 投稿日:2015/11/01(日) 17:29:52 ID:5f5fbf46e 返信

    自分にはどれもカルトに見えてしまいます

    信者を取り合いし、三つのカルトをサーフィンしているように見受けます

    • 名前:ミミ 投稿日:2015/11/02(月) 20:51:11 ID:acf49f021 返信

      無宗教さんへ
      それは外部から見た真っ当な意見だと思います。
      そう思われないためには、まず当事者たちが「自覚する」ということが大切だと思うんですよね。

  2. 名前:ハス 投稿日:2015/11/04(水) 18:23:49 ID:ca583d571 返信

    どうも失礼致します。
    ミミさんの本音ありのままブログ自分には爽快です。

    いがみ合いの恨みつらみを続けていますが、失礼ながらもうそう永くはない当事者らが亡くなってしまえば、何の事?ですね。

    我欲を満たす運営はいい加減やめていただきたいものです。

    もう貴方らの時代は終わりかけている。時は変わるんだと。自分はこう思います。

    • 名前:ミミ 投稿日:2015/11/04(水) 19:00:50 ID:8e46d16eb 返信

      ハスさんへ
      「本音を共有できる存在」というのは稀少ですね。コメントを読んでとても嬉しかったです。
      いつもありがとうございます。
      「我欲を満たす運営」って、まさにその通りですね。
      資本主義の波に呑まれて大事なものを失ってほしくはないですね。

  3. 名前:ハス 投稿日:2015/11/04(水) 21:36:17 ID:ca583d571 返信

    ミミさん
    ありがとうございます。

    ミミさんの記事内容とズレますが、
    自分は両親不仲の環境で育ち、
    母親は未だに数十年前の恨みつらみを根に持ち続け、最近の出来事の様に私にぶつけてきます。

    相容れない関係だから、自分は両親の愚痴の捌け口です…

    話の根底は…私は悪くない。あっちが悪いから私についてとゆう念がひしひしと…
    間違い無く死ぬまで恨みつらみ言ってるでしょうね。

    某会の機関紙も、相も変わらず一念込めての誹謗なんで、とても配布して世間にバラ撒こうとは自分は到底ウ〜ンです。

    相性や縁って難しいもんだとツクヅク思いますが、間に挟まれた人間はたまったもんじゃないんですけどね。

    当の本人が幸せでは無いので、和解出来ればみんな楽になるとゆうか、幸せになると思いますね。

    だんご三きょ…あっ大石寺三兄弟もそうなると一番いいですね。

    • 名前:ミミ 投稿日:2015/11/04(水) 21:56:17 ID:8e46d16eb 返信

      ハスさんへ
      そのような悲惨な環境の中で育ったのですね。
      縁って皮肉なものだけど、結局、縁に従って生きるしかないので、これまた人生苦悩の連続ですね。
      実を言うと僕も両親不仲の環境で育っています。僕が高校入学と同時に母親の方が家を出ました。
      信仰は組織の利権に従い、助長するようなものであってはならないと思います。これが国家ならばナショナリズムです。宗教と国家の構造は極めて似ています。
      聖徳太子の十七条憲法には「皆争わず、仲良くやるように」との条文が明記されているんですがね。
      記事に書いたように日蓮思想の根底に排他的な性質があったとしても、カトリック教会のように共存・共栄を目的に変化することは不可能ではないはずなんですよね。

  4. 名前:ハス 投稿日:2015/11/04(水) 22:53:36 ID:ca583d571 返信

    度々ありがとうございます。
    共栄、共存ですね。
    自分も本当にそう願いますね。

    自分としては、A会長には成仏していただきたいですね、
    生きてる間に憎しみ修羅の心をスッキリさせて欲しいです。
    人間なんてみんな、運命や縁に翻弄されるのは一緒ですよね。
    何であの人と出会って、こんな筈では無かったのに、何故こうなってしまったんだろう…
    そう思うとみんな可哀想なんですよね。どこかで捻じ曲がっちゃう。
    某会はウ〜ンですが、やはり会長にはお世話になったとこもありますからね。
    会長にその気が無かったらおしまいですけどね。

  5. 名前:(勝手に)顕正会代表 投稿日:2016/02/27(土) 10:08:31 ID:144037eaa 返信

    確かに、日顕上人の方が日如上人より圧倒的に存在感がありますね。どうしても、日如上人に代が変わっても、宗門と言えば日顕上人を思い浮かべてしまいます。「日顕宗」という名前さえあるくらいですからねぇ。思えば大変な時期の法主であったと思います。正信会からは血脈不相承疑惑を突きつけられ、学会からはシアトル事件だとか何だとかで散々攻撃され、顕正会からは対決を申し入れられ…。然るに既に御歳です。

    池田会長は上の喩えで言えば、もう既に武田信玄のような事になっていますし、浅井会長ももう御歳です。一つの時代が終わりを告げようとしているのでしょうね。実に色々な事がありましたが、皆様お疲れ様です。今となっては良き思い出となるのか。

    果たして、正宗系は今後、どうなって行くのか。目下、当方は日目上人の御再誕がどうなるのかが一番の気がかりな点です。全てを解決してくださるようなお方なのか。そろそろなのか、それともずっとずっと後なのか。正宗系信徒の大同団結はあるのか。
    一宗が滅びる事ではない、一国が滅びる事を憂いているのだ、とは牧口先生の言葉ですが…。

    • 名前:ミミ 投稿日:2016/02/27(土) 12:24:03 ID:185ca8074 返信

      勝さんへ
      シアトル事件は、三者それぞれが、全く異なった認識を持っているあたり面白い、そして皮肉なもんです。
      三者は、良くも悪くも、強い相関関係にあることをもっと自覚しなければいけませんよね。
      信者の奪い合いは、広宣流布と関係がないんですよ。布教の対象がどこにあるのか、しかと考え直す必要があるわけです。
      でも、もう日本にはないのかなぁ~w
      国内需要の減少に伴い、どの大石寺教団に限らず、どこを見ても左前です。
      顕正会などは健闘してる方なのかもしれません。

      • 名前:(勝手に)地涌の菩薩 投稿日:2016/03/05(土) 00:23:49 ID:bab40b50e 返信

        ミミ殿 今晩は

        そうですねぇ。シアトル事件に就いて学会は恐らく「本当はやったんだけど、ニッケンは白を切っている」と考えていて、宗門(日顕上人)は「全く事実無根。学会が勝手にでっち上げているだけ」と考えていて、恐らく顕正会は「その瞋恚にかられ報復として正本堂を解体したのだろう。真相は判らないが、とにかくこのような醜い争いに発展した事自体、御遺命を曲げた罰」と考えていて…

        >信者の奪い合いは、広宣流布と関係がないんですよ

        やはり、同じ大石寺系での闘いの方がやりやすいのかも知れません。他門と闘うと大御本尊やら唯受一人血脈相承やらを立証しなければならないですが、例えば顕正会VS宗門ではそのような自体には双方陥りません。
        このまま三者(正信会も入れれば四者)が互いに争いあって信者の行き来が生じても、大石寺系そのものとしてはどんどん縮小傾向に陥る、なんて事になるとブラックジョークですが。
        但し顕正会は新しい入信者を次々に獲得していて(定着率が悪いですが)、そうして顕正会員になった人を今度は宗門が狙う、という構図があるかも知れません。となると顕正会も宗門に貢献している訳で…?

        思うに、大石寺系を立て直すには、上記四者のいずれでもない組織を結成する必要性がありそうです。日目上人が御再誕されれば全ては解決かも知れませんが、それはいつになるやら誰も判らないので…。

        • 名前:ミミ 投稿日:2016/03/06(日) 22:34:12 ID:af44918e8 返信

          勝さんへ
          「本当はやったんだけど、ニッケンは白を切っている」
          学会はそこに加えて、「あの時は不始末が露見しないよう擁護してやったのに、手を切るとは不条理も甚だしい!」
          と、被害意識を懐いているのだと思います。
          日目上人の再誕ですかー。そう言えば以前に「こんな記事」を書いたのを思い出しました。

          • 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/03/08(火) 18:31:19 ID:171b4d6d1

            >学会はそこに加えて(中略)被害意識を懐いているのだと思います。

            そうかも知れませんねぇ。しかし、後で仲が悪くなったら暴露して、執拗に裁判まで起こしてしまうのですから、そんなんだったら最初から守ってくれない方が良い、という感じもしますが…。本当であれ虚偽であれ、何十年も前の事を持ち出して来て、どうも信義に悖るというか(まあ顕正会的にはオイシイ話ではありますが)。
            どうも学会は被害者意識が強すぎるように思われます。身から出た錆みたいな事も本当は多いのですが、世間や他宗からの学会への批判はすべて「学会に嫉妬してるから」とかいう事で片付けちゃいますからね。勿論、学会が不当に攻撃されているケースも多々あるとは思いますけどね。
            とはいえ、宗門は宗門で、一度は封印された御本尊摸刻事件を持ち出したり、今更になって池田氏の正本堂の意義付けがおかしかったなどと批判したりと、何だか犬も食わない感じです。

          • 名前:ミミ 投稿日:2016/03/09(水) 23:04:32 ID:2567cea78

            勝さんへ
            正本堂は維持費の問題がありましたからね。だから撤去したと、武闘派でない一般の信徒さんならその程度の認識ですよ。
            教義云々で口うるさい言論は、ごく一部の活動家に限定されますね。とりわけ、そういうのが目立つので、宗門側の言い分みたいに映りがちですが、
            あまり深く考えてない人が大多数ですね。
            ちなみにこれ、当該件に限らず、ネット上の武闘派=宗門みたいなイメージは多くの誤解を生んでいると思います。
            田舎の末寺に来てみてごらんなさいw

          • 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/04/02(土) 00:04:55 ID:14e614529

            >日目上人の再誕ですかー。そう言えば以前に「こんな記事」を書いたのを思い出しました。

            最新の顕正新聞(三月度総幹部会)からの情報なのですが、浅井城衛氏が日目上人ではないか、という講演がされたようです。

  6. 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/04/03(日) 11:28:48 ID:363a09e24 返信

    すいません、驚きのコメントが返ってから明かそうと思ったのですが、時間も経ったので急いで明かします。

    >最新の顕正新聞(三月度総幹部会)からの情報なのですが、浅井城衛氏が日目上人ではないか、という講演がされたようです。

    は真っ赤な嘘です。ただの冗談。エープリルフールだったので、何か人を驚かす嘘をついてみようと思って書いたのですが、無反応は逆に怖い。此の侭、放置しては真に受けてしまう人も出てしまうだろうと思い、急ぎ急ぎ訂正します。
    それに、よく見てみてたら、どうも私の投稿は4月1日を五分ほど過ぎてしまっているようで・・・。(若しかしたら?)お騒がせしました。

  7. 名前:ミミ 投稿日:2016/04/03(日) 12:33:01 ID:b0817fc66 返信

    勝さん
    いやぁ、コメ見たときは驚きましたよw
    そういうことでしたか。
    ネットはデマ情報の流通は当たり前の世界なので、皆さんのリテラシーの向上してきているのではないでしょうかね。
    むしろ、そういうプレイヤーがだけが生き残っているような気がします。

    • 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/04/10(日) 22:32:19 ID:0cd83d2c1 返信

      そうですか、やっぱり早めに訂正して置いてよかった。それにしても、ここでも巌虎独白でも、エープリルフールになろうが、雛祭り(3/3)になろうが、誰もその事に言及しないのは、さすが正宗系ブログだけあるな、と思いました。当方、俗なもので、何にでも言及しますが。

      >むしろ、そういうプレイヤーがだけが生き残っているような気がします。

      嘗て2chのひろゆきが、同様の警告?をしていましたね。まあ、ネットに限らず、新聞だろうが権威ある論文だろうが、間違いや嘘は散見されますし、誑惑と怨嫉に満ちたこの世の中ですからねぇ。

    • 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/04/10(日) 23:28:19 ID:0cd83d2c1 返信

      さて、それはそうと、4/1に流すネタに事欠いて?顕正会を貶めるような事を書いてしまった贖罪?の為に、以前、ミミ殿が紹介なされた記事に就いて、思うところを書いておきましょう。冗談は置きます。以下はマジレスです。

      http://yorori1130.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

      >逆に浅井先生を日目上人の再誕だと思ってない会員さんは「非顕正会員」と言っても過言ではないかもしれません。

      まず是は、明確に誤りであると指摘しておきましょう。あれは只の噂の類であって、決して公式見解でもなく、当然、理論書にも基礎教学書にも新聞にも載っていません。私の隊にも、そのように信じている人は少ない。ミミ殿の隊が特別であったという可能性も高いかと存じます。

      確かに、浅井会長が日目上人であってくれれば、是ほど都合の良い事はありません。浅井会長がもっと若い時分であれば、そういう期待も内部に高まった事もあったでしょう。然るに、現在は既に相当お年です。人生最後の闘いに入っています。
      今から、得度し、広布を闘い抜き、登座し、本門寺建立をするなどは、凡そ無理な話でしょう。

      >しかし、顕正会では一体如何なる事か、現在猊座に登られ、「目師座」にお座りになられている「日如上人猊下」を無視して、「浅井先生が日目上人の再誕」という事になります。

      貴殿が日如上人を日目上人だと拝したいのであれば、まあそれは仕方がありませんが、日如上人は果たして日目上人のみが知っておられる筈の事を御存知でしょうか?七百年前の事だとか。そもそも御内証さえ御存知かどうか。亦、お振る舞いはどうか。他宗や創価等に積極的に法論を申し込んでいますでしょうか?国家諫暁は?そして、広布の時には覚徳比丘が現れると三大秘法抄には説かれていますが、この覚徳比丘とは日目上人の御再誕の事であるかと拝せます。では、日如上人は正法を保つが故に、仲間の僧侶から大変な迫害を受けたりしているでしょうか?

      勘違いをしてはならないのは、広布の時、たまたま猊座に座っていた人が日目上人なのではなくて、色々な条件を満たした方が日目上人であり、且つ、その方こそが広布の時、猊座に登られるべきなのです。

      >ただし、浅井会長自身が「私が日目上人の再誕である」などとあからさまに発言した事など勿論一度もありませんね。

      その通りです。加えて、浅井会長は度々、日目上人を尊崇するような発言をしています。尊崇するという事は、詰まりは、「自分は日目上人の弟子である」と明言しているという事になります。是、如何で自身が日目上人の御再誕でない事を言明にならんや。

      >一、浅井会長が妙信講発足当時、日淳上人から「異例の認証」を受け、「異例の儀式」を執り行って頂いた事実を、会員が勝手に「その時、浅井先生は唯授一人の血脈相承を受けた」と錯覚しているため。

      そう、「会員が勝手に」です。異例の儀式は、妙信講が広布を闘う特例の講であるとの認証式であって、故に妙信講は江戸時代からの檀家とは違って、真剣に広布を戦い爆発的な弘通を見せ、亦、大聖人の御遺命に対しても真摯に受け止めて来ました。その他、国家諫暁や他宗や共産党破析も行ってきました。功が成ったかどうかはともかく、そうした異例の認証を受けた講中であるとの自負自覚を持った組織だと言えるでしょう。

      >一、日目上人が朝廷や幕府に対し、諌暁(天奏)された事を浅井会長は、会員に対し「国家諌暁をされた御上人」、「国家」という単語を必要以上に強調して、繰り返し教えている。一方で、自身も「諌暁書」という本を著し、その本を政治家や官僚に一方的に送り付たり、会員には大量、無差別に配って回らせ、これを「一国諌暁」と称している。

      然るに、浅井会長が国家諫暁をするのは、日目上人の御再誕を気取っての事ではないでしょう。弟子であれば師匠を真似るのが当然です。仮令、口では宗祖や開祖を賛嘆していても、自身で一向に真似ないのでは、真の弟子とは言えません。一分でも師匠の振る舞いに近付こうとするのが真の弟子です。浅井氏が日目上人を尊敬しているならば、自身も国家諫暁を敢行しようとするのは、弟子の本分でしょう。

      因みにですが、顕正会の御観念文では、日興、日目、日寛上人と並び、わざわざ日霑上人も書かれていますが、私が推測するに、是は日霑上人が日有上人以来長らく絶えていた国家諫暁をなされたからではないかと思われます。それだけ、浅井会長にとって一国広布、立正安国という主題は重く、尊いものなのでしょう。
      浅井氏が国家諫暁をするのは、日目上人と思われたいからではなく、大聖人の御遺命の一つである国家諫暁を重視しているが故に、国家諫暁を行い、亦、日目上人や日霑上人を尊崇しているのだと当方は考えます。

      >一、「ただ、大聖人様の御眼のみを恐れ」とか「もし大聖人様ここにましませば何を命じ給うか」などとまるで大聖人様御在世の時にお傍に仕え、良く大聖人様の心中を理解していたかの如くの言い回しを繰り返し会員に擦り込み、会員の妄想を膨らませ、洗脳させているため。

      是は全くの言いかがりです。上は大聖人門下ならば誰しもが考えねばならない事の筈ではないでしょうか。大聖人に仕えていた、などと発言している訳ではありません。大聖人は御入滅されましたが、報身如来として不滅なのです。寿量品にある如くです。逆に、上のように宗門では教えなくなってしまったのだとすれば、その毒気其入の度は頗る深いものであると心配になります。当然、日如上人にせよ、日顕上人にせよ、「もし大聖人様ここにましませば何を命じ給うか」という事を常に念頭に置き、言動の指針とされるべきなのです。

      >その他にも、浅井先生は日目上人の再誕という風に会員をマインドコントロールするためのワードや手口は会長の講演や顕正新聞の隅から隅へと散りばめられ、最初は純粋一途な大聖人様への信仰心だった会員さんが、いつの間にか「浅井教信者」へと変貌を遂げていくのです。

      まあ、巌虎殿も同じ論調ですが、全て穿って見れば、のレベルです。何一つ確実な証拠はない。確実な証拠と言えば、むしろ池田本仏論でしょう。会長に帰命せよとか、境智冥合せよとか、会長から記別を受けるとか。大杉に向かって久しぶりだねと、と発言したり。まあ枚挙に暇がありません。

      顕正会で、若しや浅井会長が日目上人の御再誕では?という噂が流れたのは確かな事ですし、それを信じる人も居たでしょうし、決してありえない事ではありませんが、恰も「会員は皆そう信じている」「会長もそう信じさせている」「顕正会の教義だ」と、顕正会を謗る為に喧伝するのであれば、それは悪質なデマというものでしょう。

      • 名前:ミミ 投稿日:2016/04/12(火) 21:29:26 ID:810ed73e7 返信

        そうすると、勝さんが属する組織では、広宣流布は、浅井氏の存命中に達成することはないと考えているのでしょうか?

        得度は一瞬にして可能でしょう。
        現在の日蓮正宗の規則に従う必要がないからです。自己都合で自在に改変できますからね。
        あと、日如上人が今後どういった人生を歩まれるかは知る由もないことです。ある日突然、熱烈に他宗を破折し始めるかもしれないし、あるいはやっぱり国立戒壇が正しいとか言い出すかもしれません。
        所詮、「伝承」の類ですからね。宗内規則ではないので、信じたい人は信じれば?という程度のものでしょう。
        その他は、「説」の裏付けというわけではなく、あくまで、個人的な見解に基づき、会員の勘違い信条を補強するファクターとして、考えられるものを挙げたまでです。
        特に、嘘を書いたとは思ってません。

        • 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/04/13(水) 21:30:25 ID:014a4c8b3 返信

          >そうすると、勝さんが属する組織では、広宣流布は、浅井氏の存命中に達成することはないと考えているのでしょうか?

          いいえ、そうではありません。本気で信じてるかどうかには各人によって温度差がありますが、少なくとも表向きには、十年くらい前には「会長の御存命中に」とされてきましたし、現在も「ギリギリの線だが、今は広布前夜だから」と希望が持たれています。

          しかし、浅井会長が広布の時に生きているかどうかという事と、浅井会長が日目上人であるか、という事は同義ではありませんから。会長が一国広布達成時に存命である、という事は、浅井会長が日目上人である為の必要条件の一つに過ぎません。

          >現在の日蓮正宗の規則に従う必要がないからです。自己都合で自在に改変できますからね。

          あゝ、なるほど。日目上人という事になってしまえば、登座に就いての規則も自在に決められる、と。まあ、そうかも知れませんね。となると、所化として何年、教師として何年、総監→学頭→法主というコースを一々経なくても、今日まで在家の人が明日から法主、というミラクルも不可能ではありませんね。日目上人ならば、修行も得度も前世に済ましているでしょうし。
          まあ、いずれにせよ会長は一言も自身が法主になるとにおわせた事は述べていませんし、私自身もそのようには思っていません。

          >あと、日如上人が今後どういった人生を歩まれるかは知る由もないことです。ある日突然、熱烈に他宗を破折し始めるかもしれないし、あるいはやっぱり国立戒壇が正しいとか言い出すかもしれません。

          あゝならば、日如上人こそ日目上人の御再誕であると言える事になるかも知れませんね。但し、もう一押し、何か確証がほしいところです。鎌倉時代の人しか知り得ない事や、解釈が出来かねていた御文の真意や、行方不明だとされていた御文の在り処といった、そういう日目上人でないと知り得ない事を教えてくれれば、当に理証、現証として日目上人だと言えます。日目上人として目覚めた方は、弟子檀那が迷わない為に、正法に回帰するというだけでなく、何らかの証を示してくれるのではないかと私は思うのですよね。

          >所詮、「伝承」の類ですからね。宗内規則ではないので、信じたい人は信じれば?という程度のものでしょう。

          是は日目上人御再誕の話でしょうか。まあ確かにそんな感じですね。
          但し、文証は存在します。日興跡条条事には、本門寺建立の時(広布の時)には、その座主は日目上人である、と明記されています。
          余談ですが、本門寺にどの大曼荼羅御本尊を御安置すべきかも。

  8. 名前:ミミ 投稿日:2016/04/15(金) 19:50:32 ID:0ad8cc8c0 返信

    勝さん
    大聖人の真意を紛うことなく汲み取り、実践的に体現できるのは「浅井先生のみ」というのが、顕正会において確固たる教条として成立していることを前提的な絶対条件として推論すれば、
    顕正会の思想が日本を席巻した暁には、「聖」の領域においてその権能を掌握し、采配を振るう適任者というのも、「浅井先生を差し置いて他はありえない」といった思考へと自動的に演繹されるものと思われます。
    「聖」の頂点に君臨する宗教的指導者を日蓮仏法の世界では「法主」と呼称するわけで、
    「顕正会の思想が遍く国内に浸透する時=顕正会の広宣流布=日目上人再臨」
    ですから、これを既述の内容に結び付ければ、
    「広宣流布は浅井先生存命中に達成」を強く信じれば、とりもなおさず「浅井先生は日目上人の再誕」と解釈せざるを得ません。
    自身が日目上人の再誕とは明言してませんが、「広宣流布まであと〇年」という具体性のある情報を教示する以上、強調されるのは後者ですから、説を仄めかしているという指摘を厳格に否定することはできないはずです。

    • 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/04/24(日) 02:13:22 ID:29cf60a14 返信

      ミミ殿 今晩は、

      >大聖人の真意を紛うことなく汲み取り、実践的に体現できるのは「浅井先生のみ」というのが、顕正会において確固たる教条として成立していることを前提的な絶対条件として推論すれば、

      会長唯一絶対主義は顕正会に確かに存する事であろうと当方にも思われますし、是は大変まずい事だとも考えます。その一端が御書を発刊しない事や、宗門の発刊物を読ませない事や、「断じて先生にお答えしてゆく所存であります」といった定型結句や、伏せ拝なのでしょう(御書を発刊しないのは、単に力不足という意見もありますが。但し御書を発刊しない言い訳に、会長唯一絶対主義が使われたりはしていますね。会長しか御書を正しく読めないのだから、発刊しても意味が無い、と)。
      会長絶対主義のせいで、いつまでも宗門との歩み寄りができませんし、組織改革もできません。

      >顕正会の思想が日本を席巻した暁には、「聖」の領域においてその権能を掌握し、采配を振るう適任者というのも、「浅井先生を差し置いて他はありえない」といった思考へと自動的に演繹されるものと思われます。

      日目上人だと思われる方が現れたら、上記の「適任者」もその方であるという事になりましょう。浅井会長が采配を振るうのも、その時までです。ご存知かとは思いますが、顕正会は広宣流布の暁には解散する事になっています。亦、「顕正会の思想が遍く国内に浸透する時」とありますが、顕正会の思想はあくまで日淳上人の頃までの大石寺の伝統教義です(血脈相承の途切れ以外は)。

      但し、では誰が「日目上人だと思われる方」なのか、という判断は顕正会では浅井会長がする事になるのでしょうね、広布の暁まで存命であれば。すると、穿った見方をすれば、その「日目上人だと思われる方」も浅井会長の傀儡という事になる可能性も排除はできませんが…。

      >自身が日目上人の再誕とは明言してませんが、「広宣流布まであと〇年」という具体性のある情報を教示する以上、強調されるのは後者ですから、説を仄めかしているという指摘を厳格に否定することはできないはずです。

      えゝ、厳格に否定する事まではできないでしょう。浅井会長の本心や顕正会員のそれぞれの捉え方は、私が全て把握できる訳でもないですし。
      但し、それはあくまで、そういう考えもある、というだけの話であって、浅井会長の本心は自身を日目上人だと思われたいという事に違いない(国家諫暁を盛んに言うのもその為)とか、顕正会員であれば誰しもが会長を日目上人の御再誕であると考えているというのは、私には行き過ぎた決め付けのように思われて仕方ありません。

      • 名前:ミミ 投稿日:2016/04/27(水) 23:10:25 ID:42734b9d8 返信

        勝さん
        勝さんの論旨は、僕が現役を辞退する直前の状態とまるきり同じです。
        一足先に宗門へ移籍した妻に、「顕正会では浅井さんが日目上人の再誕というのが通説」と言われ、頂いた内容と同趣旨の反駁をした後、念のため支隊長に確認の電話を入れた程でした。
        勿論、支隊長もその説については、何をかいわんやとばかりに、嘲笑を交えながら否定していました。
        この件に関しては、恐らく、情報をキチンと論理的に組み立てていかないと、真相は見えてこないはずです。
        表面的には、勝さんの主張に間違えはないと思いますが、顕正会特有の信条、即ち、会長絶対が先鋭化される程に「説」を肯定せざるを得ないというカラクリが存在しています。

        • 名前:(勝手に)地涌の流類 投稿日:2016/04/30(土) 16:11:33 ID:474676654 返信

          >一足先に宗門へ移籍した妻に、「顕正会では浅井さんが日目上人の再誕というのが通説」と言われ、頂いた内容と同趣旨の反駁をした後、念のため支隊長に確認の電話を入れた程でした。

          そうだったのですか!私は組織や他人の論法ではなく、なるべく自分自身の頭で考えて論の構築をする事を心掛けていますが、同じ状況にあると人の考える事は似てくるのでしょうね。以前、ポリ銀氏に「あなたを見ていると数年前(顕正会員であった頃)の自分を見ているようだ」と言われました。私が宗門に対する顕正会の正当性を訴えている時分です。自分で書いた論文の論旨が、後で読んだ亡国の坂道氏や浅井会長の論と殆ど全く同じ論旨であった事に驚いた事もあります。(序でに言うと、自分が頭の中で構成していた戒壇の大御本尊に対する邪難への反駁の論旨が、後に偶然見つけた或る宗門のページの論旨とそっくりであった事もあります)

          も、若しかして私も数年後には晴れて?宗門の人となっていて、ネットやリアルでの顕正会員に、「浅井会長は日目上人だなどと顕正会では言われているけど、危険思想だよね」などと言っていたりするのでしょうか。で、その言われた会員は「いや、そんなのはデマだ」って返す…。何だか恐ろしい気がしてきました。

          それにしても、御結婚されていたのですね。一足先に、とありましたが、となると奥様は元は顕正会員でしょうか?だとしますと、結婚式とかって何か特別な感じにしたりしました?顕正会員同士の結婚式にちょっと興味があります。

          そうそう、私もミミ殿の浅井会長=日目上人説を読んだ後に、コメントを書く前に念の為に組織の人に確認したりしました。答えは「その事に就いては何も指導を受けていないので判りません」でした。

          >顕正会特有の信条、即ち、会長絶対が先鋭化される程に「説」を肯定せざるを得ないというカラクリが存在しています。

          確かに会長絶対主義は厳然として存在します。会長の指導なくば、何も自分では判断できない人も多い。然るに、殆どの会員が会長を日目上人と考えているかどうかは、もう答えが出たではないでしょうか。
          奥様は宗門に行かれた「後に」、浅井=日目上人説が顕正会にあるって唱え始めたのですよね。という事は、その前はそうではなかったという事ではないでしょうか。
          そして、ミミ殿も現役の時はそれを否定していたのですよね?そして、組織の先輩も否定していた。私も否定していますし、私の組織の人も肯定していません。

          ここまでに話に出てきた現役顕正会員は軒並み否定、若しくは不明としていて、宗門に行った「後」の人だけが「顕正会では浅井=日目上人だと言われている」と主張しているのだとすれば、それは単に宗門のマインドコントロールの結果、という事になりませんか?

          • 名前:ミミ 投稿日:2016/05/05(木) 09:12:51 ID:001c8230a

            勝さん
            妻とは顕正会で出会いました。
            ただし、式は顕正会で挙げていません。僕も妻も、そういった形式ばった儀礼は嫌いな性分でして。
            浅井氏が目師の再誕説については、確かに勝さんの仰る通り、多くの現役会員が否定するところだと思いますが、
            それは、立場上否定せざるを得ないからということではないかと。
            僕が入信してより、最初にお世話になった支隊長には、口外禁止と釘を刺された上で、皆、先生を目師の再誕だと思っているとの旨を言明されていました。
            ちなみに、「宗門の中から」という条件を満たす必要もあるので、そうなると、現顕正会では、妙信講からの古参会員に限定もされます。
            そもそも、若し万一、日如上人が国立戒壇論を再び提唱したとして、だからと言って昭衛氏が直ちに宗門へ帰還するかどうかは別問題のような気もします。

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