なぜ批判ブログは続かないのか?「dis教団」がオワコンになる日。

皆さんの中で、「毎日、飽きずに続けられること」ってなんでしょう?

人間、毎日続けられるのは、愛と呪いだけ。(隠居系男子)

先日も紹介しました。変化の激しい時代に、これからの生き方を考えるブログ、

「隠居系男子」を運営されている「鳥井さん」の書く記事が、最近、僕の心に刺さりまくってます。

「愛と呪い」

いやぁ、これホントごもっとな話で、

例えば、歯磨きとか、通勤など、生命の維持に関わる必要最低限な行為、つまり、義務化、ルーティン化され、

尚且つ、そこに「表現」が伴わない行為を除けば、

毎日、主体的に臨める持続可能な「アウトプット」って、根底には「愛」か「憎悪」の両極の莫大なエネルギーが源泉となっている場合がほとんどですね。

むしろ、そこに例外があるとするならば、自分自身が、その大元の莫大なる感情のエネルギーの「正体」に気づいていないだけなのかもしれません。

今回は、あらゆる表現活動の帰趨が、この対極を成す、どちらか一方の感情に属する。

という、前提を置いた上で話を進めていきます。

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ブログを辞めていく人の中で発生している、対象への「認識の変化」。

顕正会に騙された!

被害に遇った!

あの教団は「加害者だ!」「悪だ!」「間違っている!」

溢れ出る「憎悪感情」に任せてブログを開設される方は、多いし、最初は威勢の良いものです。

ところが、大概は「頭でっかち尻すぼみ」で、徐々に更新頻度も減り、一年そこそこでリタイアしてしまう方が8割、9割。

顕正会界隈でも、「あっつぁブログ」が全盛の頃は、それこそ、「雨後の筍」の如く、

「顕正会批判ブログ」が、あちこちで隆興しました。

僕の、前FC2ブログを立ち上げた時には、既にその多くが「開店休業」の状況に至っており、

「なぜこの人達は志半ばにして、更新を辞退してしまうのだろう?」

と疑問に思っていたのですが、自分で運営してみる中、次第にその疑義は晴れていきました。

もちろん、ブログをこちらへと移転する以前から、そこはかとなく気づいてはいたのですが、

それは、人間というものは「理性」によって動いているわけではなく、

実は「感情」によって「動かされているだけ」なのだということ。

なので、原動力たる「感情」が薄れてしまえば、行動も変化せざるを得ないわけですね。

莫大な憎悪エネルギーが萎んでしまえば、同時に、継続する意義を失っていきます。

まぁ、この執筆者の心中の「変化」というのは、恐らく、本人に限らず、傍目でも理解できる範疇でしょう。

「あぁ、この人は、きっと、どうでも良くなっちゃったんだろうな。」と。

しかし、その心の変化の奥にある、細やかな、本質的な部分というのは、本人しか分かり得ないことですよね。

それはズバリ、心の言語化をする中に浮彫りとなった、その憎悪感情の「正体」に気づいてしまったが故に、

招いてしまった、「継続不能」という状況です。

その「正体」とは、端的に言えば「コンプレックス」であり、

深堀りすれば、過去の自分への「批判、否定」なんです。

ただし、そこに辿りつくまでには徹底した「憎悪の発露」が、プロセスとして重要だということは確かで、

むしろ、「ゴール側」の視点に立ってみると、

実は、「継続できない状況に陥ること」こそが、

批判ブログのイグジット。つまり、「到達目標地点」ではないかと。

だから、アンチを降りることは、決して根負けではなく、意志薄弱というわけでもない。

「達成おめでとう」ということなんです。

批判の対象の奥に存在するのは「過去の自分」。

なぜ自分が、そもそも、批判の対象とする、その教団に所属してしまったのか?

それはその人にとって、「おあつらえ向き」だったからです。

そういう境涯だったのです。

「二世、三世」はともあれ、自分から飛び込んでいった世界である以上、「あそこは暴力的だ、非倫理的な集団だ」と烈火の如く批判したところで、

それは、当時の自分の成長課題にマッチしたフィールドであったわけで、

「止む無く、そこを選択せざるを得ない状況にあった」というだけのことなんです。

そういう視点から捉えると、「母校」という概念に近いのではないかと思います。

本当は、もっと良い高校、大学に編入したかったけど、当時は、「その程度の学力しかなかった」。

その理由は「勉強が嫌いだった」のかもしれないし、「家が貧乏だったから」かもしれません。

これは「勉強が嫌い」というより、「勉強に対する認識が甘かった」のです。

「あんな学校ではなく、もっと高レベルな学校に入っていれば、今のような低賃金労働に呻吟することはなかったはずだ」

そう嘆くのであれば、その問題の本質は、「その時々における立ち位置を正確に見据え、その現実に意識を集中して、打開していく能力が無かった」

ということなわけですから、

そのパターン化された思考、そこに、すべからく用意された「報い」。

この連鎖を断ち切り、根本から変えていくためには、悠長に「批判」など弄している場合ではない、

と、早晩、気づいてしまうわけですね。

批判に躍起になっているうちは、取りも直さず、「今を見る」ということから、逃げ続けているということなんです。

本当は「被害者」でいたい自分。


「被害者だ!」

というのは、実は「まだ、自分は被害者でいたい」ということなんです。

その段階においては、まだ「自己批判」という檻の中から出ることはできません。

しかし、本当の意味で「前」に進むためには、まず自分を「肯定」してあげなければいけないんですよ。

破廉恥な教祖、荒唐無稽な教理を、心から信じ切っていた、過去の自分を肯定してあげないといけないんです。

全面的に教団を「悪」と断罪してしまうと、

それを心の柱に据えてきた、よすがにして生き長らえてきた、現在の自分を肯定する術、余地をも失ってしまいます。

批判を続けていると、そのことが薄らぼんやりと解る時期がやってくるわけですね。

それは、外的な視点から批判に拘泥する段階から、より、内省的に感じ、対象を自己そのものとして捉えていくプロセスであると、言い表すことができるはずです。

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芽生えた「愛」と、「憎悪」の両立はしんどい。

肯定すると、そこには結果として「愛」が芽生えてきます。

「愛」と「憎悪」。

この相反する感情を同時に持ちながら、折り合いをつけていくのって、なかなか「しんどい」んですよね。

苦痛なんです。

どちらか一方にまとめてしまった方が楽ですし、得てして、人間はそのことを生理的に欲するのではないかと。

酸性とアルカリ性みたいな。

なので、「中和」した時点で、工場排水みたく、川にスッキリと流してしまえば良いわけです。

つまり、憎悪対象を、わだかまりなく「忘却」するためには、

「愛」で「中性」までもっていくことが必要なんです。

「批判」を辞める時というのは、憎悪と愛の中和状態に至ったときであり、

もっとも「過去への認識」に対する、適切な処理が成されたときなのだろうと思います。

批判ブログは「愛」に変わることで存在を保つ。

それでも、辞めずに、続いているブログはあります。

それらに共通して見えてくるものというのは、執筆者による、対象への「愛」なんですよね。

顕正会、日蓮正宗、あるいは創価学会や、エホバの証人に対する「愛」。

憎しみからのスタートが、「愛」へとシフトしていく。

「批判」は、愛のある「指摘」へと変容していくわけです。

反対に言えば「指摘」は「愛」がなければできません。

まして「継続」するためには「愛」をもって積極的に関わっていかなければならないわけです。

「憎悪」を脱し、中和の段階を越えた、「愛」という「新たなステージ」に立った方が、開設当初から趣を変え、ブログ運営を持続している。

ただし、このケースは稀少です。

多くは「新たなステージ」に立つ必要のない方達なんですよね。

批判ブログ運営者による、「dis教団」の「オワコン化」。

それは対象への「断罪」という「自己批判」の檻の中から出て、受容、肯定していく中に得られた、

大いなる成果なのでしょう。

斯く言う僕も、顕正会に対する感情は「中和」に近い状態になってしまいました。

なので、今後は「何かの拍子に、少しだけ憎悪が喚起されたとき」

あるいは「愛、親和性が喚起されたとき」に、微量な感情エネルギーをアウトプットする程度にとどまる見込みです。

つまり、中和状態がどちらか一方にちょっとだけ偏った時、ですね。

そうでないと、燃料不足で筆が動かないんですよ。

そんな状態だから、まずはブログタイトルに大きく「顕正会」と掲げることを辞めよう!と決断したわけなんです。

読者にコンテンツを消化してもらう上で、前提として余計なイメージを与えないように。

では次回、その「余計なイメージ」ということについて、もう少し詳しく語らせてもらいます。

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『なぜ批判ブログは続かないのか?「dis教団」がオワコンになる日。』へのコメント

  1. 名前:ユタ 投稿日:2016/04/06(水) 10:52:33 ID:1de191530 返信

     こんにちは。

     この記事のタイトルに使われてる写真、懐かしいですね。
     あっつぁさん近影ですね。
     無宗教時代に出入りしていたこともあったせいか、退転者に冷たい人達から追放処分食らった記憶がありますw
     その前からもちょこちょこあったんですが、おかげさまで特別布教区を多く含む全ての武闘派さん達が嫌いになりましたw

     私のブログは元から顕正会破折は標榜していないんですが、初代顕正会員時代や2代目塔中坊時代と比べると、かなり装いが変わりましたね。
     恐らく先代で、いかに創作とはいえど、今の作品を掲載することは許されなかったと思います。
     今の布教区・所属先は、幸いそこまで目くじら立ててくるような所ではなくて良かったです。

     あ、別に元の所属先を非難しているわけではなくて、要は特別布教区は大石寺のお膝元なんだから厳しいのは当たり前で、そこを理解していなかった私にも問題はあったと思っております。
     が、そこが合わなかったのもまた事実で、私は地方の布教区がお似合いだったということです。

  2. 名前:ミミ 投稿日:2016/04/06(水) 22:19:19 ID:2ba2a0cfb 返信

    ユタさんへ。
    どうも(^-^)お久しぶりです!
    あっつぁブログは、リアルタイム読者ではなかったものの、顕脱会直後は面白くて、画面に張り付いてバックナンバー遡ってましたね。
    S藤さんのコメントとか、Rでんさんの寄稿文とか、見所満載でした。
    第一布教区の方は、妙蓮寺でばったりお会いした際に会話を交わしたことがありましたが、かなりのご高齢にも関わらず、やはり折伏意識高でしたね~。
    地方でも、場末の寺ともなると、諸々の因習が付きまといますね。やはり、以前ユタさんが仰ってた、まずは体験期間の導入を制度化した方が良いかもしれませんね。

  3. 名前:ユタ 投稿日:2016/04/07(木) 11:37:41 ID:1bcb83c7a 返信

    ミミさん、ありがとうございます。
    師弟相対とかありますが、それは本格的に信心決定してから(例えば御本尊が下附されてから等)でいいと思っております。
    師弟相対とは元々お坊さん同士の繋がりであることを考えますと、私ら信徒にそこまで厳しいものを求められてもな~というのがあるので。

    • 名前:ミミ 投稿日:2016/04/09(土) 09:30:12 ID:6d0c3838d 返信

      ユタさん。
      「弟子」と「檀那」の立場というのは明確に区別されていますからね。
      戒壇なのに不妄語戒しか授けないし、詳細に見れば、ご都合主義による教義信条の改変というのは沢山あるし、客観視すればするほど、封建的な構図が見えてきます。
      現代の聖職者への当たりの厳しさを思えば、彼らも信徒の支持を集めるために色々と思案を巡らせているのでしょうね。
      修行みたいな概念を持ち込んで、健全な労使関係を歪ませるのは、ブラック企業と同じ手法です。

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