浅井昭衛はなぜ人々の不安を煽るのか?知覚のコントラスト。

人は多くの場合、対比となるものを提示された際に「錯覚」を起こすといわれています。

例えば、ゲームセンターやパチンコ屋の中でしばらく過ごした後、外にでた時ってやけに「静か」に感じたりしませんか?

あるいは、僕が普段仕事をする中で、同じサイズの部品を大量に取り付ける作業があるのですが、それが時々、似たような形状の「サイズが一回り小さい部品」に替わることがあります。

その部品の取り付け作業が終わると、また普段取扱っているの「通常サイズ」の部品を取り付ける作業に戻るのですが、

僕がその際に、これは毎回といって良い程、感じること。それは

「この部品ってこんなに大きかったっけ!?」

という「錯覚」です。

これらは「うるさい・静か」、「大きい・小さい」といった「聴覚・触覚」に訴えた「錯覚現象」ですが、

人の「精神状態」に対しても、これと同じ原理で「錯覚」が引き起こされる、或いは故意に「引き起こすことができる」と、いわれています。

社会心理学ではこの対比による錯覚現象を、「知覚のコントラスト」と呼びます。

「破壊的カルト」は、この心理作用を利用した「一時的マインドコントロール」を行い、

信者や、被勧誘者を「魅力」へと引き込み、「虜」にさせようと企てるのです。

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様々な場面で用いられる錯覚の心理誘導

顕正会では、「勧誘」や「教育」を行う際に、この「知覚のコントラスト」の心理効果をもたらす手法を巧妙に取り入れていると思われます。

例えば、顕正会が勧誘の際に配布用として活用する「諫暁書(かんぎょうしょ)」。

その表紙に以下のような記述があります。

「日蓮大聖人に背く日本は必ず滅ぶ」

まずこの大きな見出しに始まり、続けて、

 日本は今、亡国の前夜を迎えている!
まもなく起こる巨大地震の連発を号鐘として、国家破算・異常気象・食糧危機・大疫病(感染病)などの災難が続発したのち、亡国の災厄たる他国侵逼がこの国を襲うであろう――。
日蓮大聖人は三大秘法という根源の仏法をもって、全人類をお救い下さる末法の御本仏であられる。この御本仏を流罪・死罪にして、当時の日本国は大蒙古の責めを受け、国まさに亡びんとした。
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」とはこれである。
いま七百年を経て、日本の人々は未だに日蓮大聖人に背き続けている。加えて、国政を左右するほどの巨大勢力となった創価学会は、大聖人の唯一の御遺命たる「国立戒壇建立」を抛った。この二つを因として、いま日本は亡びんとしているのだ。
日本に残された時間は少ない。
早く日蓮大聖人の仏法にめざめ、立正安国を実現しなければ、日本は取り返しのつかぬことになる――。

と、書かれています。

そして、ページを開くと、

序章では「日本国いま亡びんとす」といったタイトルが付けられており、

近年の政治家の腐敗や、幼児虐待などといった事件が多いことに触れ、

このような人心の荒廃は「亡国の前兆である」と、読み手の恐怖をあおっています。

続けてすかさず、「これを救うのは顕正会のみ」ということを強調します。

つまり、「恐怖・不安」→「救いの光」の順に強烈な情報を与えるのです。

そうすることで、読み手にはこのとき「知覚のコントラスト」、錯覚現象が引き起こされます。

「恐怖・不安」という情報をあらかじめインプットしておくことで、次の「救いの光」がより輝いて見えるというわけです。

更に続けて、巨大地震、国家破産、大飢饉、大疫病、国際テロ組織の脅威、北朝鮮・中国の脅威について一々に専門家の見解などを引用しながら諄々と説いた後に、

「日蓮大聖人がこれを御救い下さる」

と強調し、

「日蓮大聖人の仏法を正しく実践するのは顕正会のみ」

といった流れで話が展開されていくのです。

このように「諫暁書」では、読み手に「顕正会は非常に価値のある団体」だという印象を与えるために、

繰り返し対比となる情報を提示し、

人の心理的自動反応を利用した「錯覚現象」を引き起こすよう誘導的に構成されていることがわかります。

実はこの「諫暁書」をきっかけに入信した人も、顕正会にはそれなりに存在しているのは確かです。

大した内容でもないのに顕正会に魅力を感じてしまうのは、「知覚のコントラスト」効果が大きく働いているからではないでしょうか。

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会長講演の内容にも。

また、

総幹部会やその「ビデオ放映」の際に行われる浅井会長の講演も、この手法を利用して構成されていると思われます。

なぜなら、浅井会長の講演のほとんどは、「恐怖を煽る」ような内容で占められており、

最後に、「これを救うのは顕正会のみであり、それは全て勧誘ノルマ達成の可否にかかっている」

と、強強と叫んで締め括るというわけです。これは決まって毎回同じパターンです。

よく、浅井会長講演の内容が的外れでどうとかっていう批評がありますが、

多分、会長にとって内容なんかどうでも良いんだと思います。

とにかく会員に不安や危機が切迫している印象を与えることが大事であって、それさえ成功すればネタはなんだって良いはずです。

それに、会員たちも内容についてはあまり深く考えることなどありません。

むしろ、ほとんどの聴衆が途中で???となっているでしょう。

そもそも情報リテラシーの高い人なら、すぐに話の内容の軽薄さに気付いて去っていくだろうし、

思考停止(これについては後述します)状態の彼らに、内容についての細かな理解というのはハードルが高すぎると思われます。

しかし過去に狂・盲信者であった僕の経験からわかることですが…

毎回この講演を聴いた後には何故か、「高揚感と根拠のない会への確信」が胸の奥にたぎっています。

彼らが水火も辞せず勧誘に奔走するのは、このときの胸の奥にたぎった熱い思いが原動力にあるからなのです。

彼らを突き動かす、このまるで麻薬のような「熱い思い」の本質とは、

「知覚のコントラスト」効果による「一時的マインドコントロール」なのです。

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